平成25年1月21日
(5日目/残り26日)

話題を延ばしてしまうと、福島の抱える問題と正面から向き合わないまま
勝手に安全地帯からの議論を進めてしまいそうなので、朝書き込むことに

放射性物質は時間を奪うという、(多分今まで議論されていない)視点について

私たち人間の自由に使える時間は通常100年以内で、まあ平均寿命から見ると
80年くらいはあると思っていいのでないかと思う。

放射性物質から放射する放射線が、私たちの遺伝子にたまたまあたると、
その遺伝子の配列を破壊し、その破壊された配列が修復不可能になったり、
別の配列に置き換わって、それが異常な細胞分裂を起こした場合、
その細胞ががん細胞になって、そのがん細胞の増殖が抑えられないと、死に至る。

これが、一般的に論じられている放射線と人体における悪影響の問題。

放射線について、色々な立場の人が、安全・危ないを議論するのは
この現象が、もともと自然界で当たり前に起こっていて、

その引き起こされる結果が確率論で語る現象になってしまっているから

ガンになる確率を高く設定する人は危険になるし低く設定する人は安全になる

もちろん今回の問題はガンの発症だけの視点ではなく、コミュニティ・経済・
家族制度全てがからみあい単純化なんか出来っこない。

それでも時は平等に流れ、寿命までの道は、努力しても、しなくても必ずやってっ来る。

今回の放射性物質の降下の問題は、それぞれの人々の選択によって各個人の
寿命までの時間の流れを自発的にコントロールできるようになってしまったことだ。

あくまでも確率論の問題だ、他意はない。

事実として私たちは向き合う必要がある。

セシウム飛散量の多い場所よりも、少ない場所の方が、
放射線の影響を受けて自分の寿命を減らすリスクが少ない。

この言葉は、

セシウム飛散量の少ない場所の方が自分の使える時間に余裕がある
ということと何ら変わりない(と私は思う。)

ここで大切なのは、それぞれの持ち時間が、セシウムの多少によっ
減少したり増加したりするわけではないという事だ。

宝くじを1枚買うより、1000枚買う方があたりやすい
でも1000枚買ったからあたるわけではない

でも1枚しか買えない人より、1000枚持っている人の方が
あたるかもという気持ちに余裕がある

私たち人間はこの気持に余裕があるのと、切羽詰まっているのでは
体調・生活・愛情全てがちがう。

あなたの子供時代の時間はゆっくり流れていなかっただろうか?
仕事に追い詰められている時の時間はあっという間ではなかったろうか?

なぜ自殺する子供達がいるのだろう。

自殺する人は、その時点で自分の体感時間をものすごい速度で早め
自分の時間を消費しつくしてしまっている。

その時、その人の隣に、別の時間軸を持っている人が寄り添う事ができたら、
その自殺をしようとした人の体感時間をふつうの生活をしている時間に
引き戻すことができるのではないか?

福島で屋外で遊ぶことを制限された子供の体感時間を、放射性物質は奪っている。

スーパーで、セシウム量を気にして、産地をチェックする母親の体感時間を、放射性物質は奪っている。

必死で除染作業を行い、孫の為に少しでも計測値を少なくするおじいさんの体感時間を、放射性物質は奪っている。

放射性物質の為に人がなにか新たなアクションを起こすことは、全てその人の人生の体感時間を奪っている。


私たちはこれからも悩みながら自分の残りの時間を使って生きていく。
その各個人の限りある時間を、

楽しく前向きに生きるのか

うらみつらみにまみれ生きるのか


どちらの時間を消費したい?



あなたの子供達のこれから使える時間を
物理的な80年という時間で図るのではなく

80年を楽しんで使える体感時間と
80年を苦しんで消費する体感時間と

どの体感時間を残してあげられるのか。

私たちは失われた時間を取り戻すことはもはやできない

でも、次の世代の時間まで奪う権利はあるのだろうか?

私たちは震災の際、それを家畜達に強いた。
和牛に生存が許された時間は2年~3年。
それを過ぎると肉になる

乳牛の使える時間は10年。
それ以上はお乳の生産能力が落ちる

だから、飯舘村の畜産は完全に無くなった
みんな分かっていたのだ。

飯舘村には
家畜達に許された時間は存在しない。

飯舘村に人間が生活するための時間はまだ残されているし
除染作業や、色々な知恵で、その時間を増やす方法はたくさん
出てくるのだと思う。

でも家畜の為の時間作りは、きっと後回しになる。

だからこそ思い出してほしいのだ

飯舘村のアイデンティとしての飯舘牛の事を

人間の営みを復活させる為の時間を回復する仕事は、
国や、行政や、そのふるさとに住んでいた人にお任せするしかない

私はその間に、失われてしまうはずだった飯舘村の時間を
南アルプスの地でゆっくりと育んでおく。

もしも、飯舘村の誰かが、牛の時間と同じ歩みを出来るようになったら

私はよろこんでその人に牛を贈ろう。

仕事が大変な母親の子供を、親戚が預かっているようなものだ
母親は子供に会いたがっている。

でも今はそれどころではない。

わかる。

だから今は預るから、余裕ができたら一緒に住もう。

いつ来てもここにいるから、いつでも会いに来てほしい。
その時だけは同じ時間が流れるはずだ。

ゴールはある。国や企業が、結局何にもできなかったとしても

国が滅び、企業が倒産してだれも責任が取れなかったときも

農業は必ず続いている。
牛は仔を産み、その仔がまた新たな仔を産んでいる。

たかだか120年で、茨城の現在と同じ時間が流れ始める。

あなたの子供をおじいさん・おばあさんと呼ぶ子供たちの手によっ
その時間は取り戻せることが分かっているのだ。

だから、確実に取り戻せる時間を残しておくやり方を
南アルプスの片隅にちゃんと用意しておくという

今の時間軸を生きてしまった大人の責任として

あなたにも一緒に手伝ってほしいのだ。

私の言語能力では、人々に伝えるにはまだ拙い

誤解する表現もたくさんあるだろう。

だから私を手伝ってほしい。

2011年の3月

飯舘村に非常識なセシウムの降下が報道されたとき
みんなはまだ、時間が平等にあると思っていた。

牛に残された時間はほんのわずかだったのだ。

私は3月30日に連れてくることができた。

その後、福島始め、放射性物質の付着を受けた餌を食べざるを得なかった
家畜たちは、自分の使える時間をどんどん短くしていき

それを人間が気づいた時にはもう遅かった。

セシウムが検出された牛の体感時間は0
生命として寿命をまっとうできる時間のことではない。

身体の中でセシウムを蓄積させてしまった牛の、経済的価値は0になり
生かしておくことのできる時間も0になる。

家畜とは残念ながらそういう生産の仕組みで生きる経済的な動物だ

でも、家族同様に生活してきた牛の時間は0ではない
畜産農家の持っている時間軸と
愛情のそそがれた牛とはその時間軸を共有できる。

畜産農家の精神的な体感時間が0にならない限り
愛情で 寿命までその時間を延ばすことができる。

南アルプスに生きる飯舘の牛の時間はみんなの支援が
あれば、飯舘村の人々にとって永遠に続く

大切なのは連れてきた2頭の牛が自分の寿命を全うすることではない。

飯舘村であの困難を共有し、しかも飯舘村を代表するシンボルであった
飯舘牛が、ちゃんと残っている。

私の子供の代にも
たぶんその孫の代にも

いつでも故郷飯舘村に戻ってこれる。

私はその時間だけに許された実現可能な未来だけを残した。

今の私だけでその時間を永遠にできるだけの財力も知恵もない

だからみなさんにお願いする。

私の、「時間」という。
未来への希望をもった飯舘村のための小さな復興策を
100年後の子供を思う「今を生きる人々」のために

みなさんの手でつないでほしい。

人間と同じように家畜にも避難する権利があってもいいではないか

もちろん避難するべきだなんて、私にはとても言えない。

それでも「避難という選択肢」も許容してほしい。
私たちはすでに被爆の時代を生きているのだから。

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避難する権利、それぞれの選択――被曝の時代を生きる (岩波ブックレット)